初めまして、ブルーダルジャン・ジャポン代表の金子竜得です。22歳で学生起業するまでの背景について、当ブログを始めるにあたり記したいと思います。
僕は生まれも育ちも石川県七尾市。超ど田舎の能登半島のど真ん中。海と山の中で育ちました。その自然が大好きになりました。そして、芸術を楽しむようになりました。
小学校2年生で地元で活動する陶芸家の先生と出会い、そこから7年間、陶芸制作に夢中になりました。その頃に石川県立七尾美術館で開催された「ピカソ陶芸展」は僕の記憶する中で初めての芸術との出会いだったかもしれません。
とっても厳しく指導していただいたおかげもあり、能登陶芸展、石川県民陶芸展での金賞をはじめ、いくつかの賞を頂きました。最も嬉しかった記憶のひとつに、小学校の先生に依頼されて花器を制作したことがあります。その作品を購入してくださったことを機に、親戚やその友人など様々な方が、僕のお茶碗や花器などを購入してくださいました。
今思えば、小学生で随分と老成した趣味だったなと思いますが、「モノを売る」という活動の原点はこの陶芸活動にありました。
ところで、幼い頃の私は、食物アレルギーとアトピー、小児喘息という厄介なものを持ち合わせていました。卵、エビカニ、貝類などは食べられませんでした。幼稚園ではおやつに出てくる卵入りのホットケーキ、プリンなどが食べられないのです。覚えているのはそのくらいでしょうか。身体中が痒くなる、呼吸ができなくなる、病院へ駆け込む。そんな感じです。
ところが、小学生になると給食があるので、食べないわけにはいきません。それに、当時はアレルギーがまだ珍しい存在。特別なことをするにも大変なものです。何としても治さねばいけませんでした。しかし、薬・病院は大嫌いだったので、そこには頼りたくない。そこで、母はえらく奔走したと思うのですが、結局のところ自然の力で治しました。
今でこそ有機栽培・無農薬・無添加食品がスーパーにも並んでいますが、90年代初頭にはそういった農産物や食材は全くなかったそうです。苦労して手に入れた自然食材などをもとに、徹底的に化学物質・食品添加物を摂らず、少しずつ免疫力を高めました。家には全国から集めた自然食品がありました。すると、そのアレルギーもアトピーも小学生になるまでにほとんど治ってしまいました。
現在でも出来るだけ自然のもので生活しようという考え方が根底にあるのは、そういった幼少期の体験によるものだと思います。それは、何よりも自然が美しい、美味しいことを体験したからに他なりません。そして、自然の美しさは人間の力でさらに昇華されます。お料理然り、洋服や、風景、家具、絵画や音楽。そして、美容や香りもその一つでしょう。
そのような芸術には大自然の叡智だけでなく、人間の感性と技があります。ブルーダルジャン農園の真正ラベンダーとの出会いは、自然と人間が共生する中で生まれた芸術作品との出会いのように感じました。
五感への幸福な刺激は、時に五感を超えたものになりうると思います。そして、心の栄養となります。
