南仏プロヴァンス地方の真正ラベンダー収穫記 2024 vol.1

目次

「思い出」とラベンダーの香りとアルジャン村

思わず「ここが僕のアナザースカイ!!」と叫びたくなるのは、それだけ苦労と歓びの思い出が詰まっているからだ。初めてブルーダルジャン農園を訪れたのは2015年のこと。当時22歳、新聞記事で特集されていたブルーダルジャン農園に興味を持って、創業者ヴェロニクさんに会いに行ったのが昨日のことのようだ。

その後、ラベンダーやスキンケア製品を輸入する会社を日本で立ち上げたり、プロヴァンス地方のラベンダー文化について研究したり、また、ブルーダルジャン農園のパリ展示会にも行ったりした。僕はラベンダーの香りを嗅ぐと、この村のことを思い出すようになった。

何度か訪れた中で最も印象深いのは2018年の夏のこと。初めての2ヶ月間住み込みでのラベンダー収穫だった。この年は収穫のタイミングで大雨が降ってしまい残念ながら製品化できなかった。それでも、ラベンダー収穫やマルシェでの販売、農園でのインターン生たちや家族との共同生活、村人たちとの交流はかけがえのない財産となった。

2024年夏。
再び夏の2ヶ月間をラベンダーの村で過ごすことになった。あの時、僕の口には全く合わない「バターパスタ」を一緒に食べたり、夜はアペロを飲みながらミシェルサルドゥーの古い歌を歌ったり、人口8人のアルジャン村に来ると当時のことが蘇る。

「おかえり!待ってたよ!」

そんな村人たちの声に、まだ収穫前なのにラベンダーの香りがした気がした。
ついに、最も長く、最も短い夏が始まった。

1660年代に創立した村は、今も当時のまま

プロヴァンス地方で一番広いラベンダー畑と夕焼け

7月上旬のこと。僕はニースからラベンダー農園近くの街ディーニュへと引っ越しをした。これも一筋縄ではいかない。マニュアル車のレンタカーを借りて、ニースから5時間かけてディーニュへと行くのだが、その道が激しく険しい。アルプス山脈の南端に位置する地域で、崖と崖の間を何度も通らなければならず、細く狭い崖の上の道を猛スピードで駆けていく。

到着早々から重い荷物を運び、引越しのスタート。炊飯器はニースの電気屋で購入したなくてはならない必需品だ。引越し先のディーニュのアパートは18世紀に建てられた古い場所で、僕の部屋は最上階の5階。いわゆる天井桟敷、屋根裏だ。しかも、5階なのにエレベーターがない。5階と言っても日本の5階とは違って1階毎の天井が高いので一階に登るのも大変だ。ディーニュの旧市街のほとんどの建物にエレベーターはないのだとか。

ちまちまとニースから持ってきた荷物を運んで2日間かけた引っ越しが終わり、僕は念願の場所へと出かけた。今回、初めて7月上旬にラベンダー畑に来た目的が、ヴァランソル高原へ行くこと。わざわざレンタカーで来たのもそのためだった。

ヴァランソル高原は、ディーニュから車で30分ほどの場所にある南フランス最大級の高原で、世界最大級の広大なラベンダー畑が広がっている場所でもある。ラベンダー好きなら一生に一度は行ってみたいと思う、言わばラベンダー界隈の聖地ような場所である。

「高原までの道もやっぱり崖なのね…」

激しくギアを変えないと登れないような急勾配を登ったり降りたり…そうこうしていると急に平坦な場所に視界が開ける。標高500mの地点に広がる東京都23区よりも広い大高原だ。(※23区=622 km²、ヴァランソル高原=800km²)

車の窓を開けて走っていると仄かにラベンダーの香りが漂ってきた。これはラバンジンの香りだ。ここプロヴァンス地方では主に3種類のラベンダーを栽培しているが、最も栽培されているのがラバンジンという交雑種。現在ではクローン栽培が一般的で98%以上がこのラバンジンである。多くの日本人がイメージするラベンダーの香りも、このラバンジンの香り。

ヴァランソル高原では、そんな「ラバンジン」畑が見れるというわけだ。時期は6月下旬から7月上旬までの2週間程度。僕が訪れたのは7月3日〜9日頃。ちょうど収穫直前の満開の時期である。

ということで、論より証拠。満開のラベンダー畑の写真をご覧ください。

まさに紫の絨毯と称されるプロヴァンス地方のシンボル「ラベンダー」が一面に広がる絶景だ。クローン栽培だからこそ広大に栽培するのが容易で、また遺伝子が同じなので株の高さや花の色も揃っている。1920年代、世界中の石鹸に配合される「ラベンダーの香り」はここから生まれたと言っても過言ではないだろう。

もしかすると、あなたの家の洗剤のラベンダーの香りもこの畑のものかもしれない。

バイク乗りのおっちゃんと、秘密の絶景

こんな絶景、もちろん世界中の観光客だけでなくフォトグラファーも集まる場所だ。どのラベンダー畑に行っても大きな鉄の塊を担いで移動している「カメラ小僧」に出会うだろう。僕もその一人である。夕暮れの絶景スポットを探すべく車を降りてGoogle Mapを見ていると、BMWの大型バイクに跨ったおっちゃんが話しかけてきた。

「どこに行きたいんだ?」

「夕陽が見れる良いところを探してるんだよね。知っている?」

「ついておいでよ!」

BMWのバイクに先導してもらって、ついたのはラベンダー畑ではなくススキのような草と糸杉と古い小屋の景色。どうやらここもヴァランソル高原の絶景ポイントの一つらしい。おっちゃん、ありがとう。でも、僕はラベンダー畑が見たいんだ。

「分かってるよ」そう言うと、また次の場所を案内すると言った。
連れて行ってもらって見たのは、こんな景色だった。

「これがラベンダーの海か…」

目の前に広がるラベンダー畑が輝き、太陽が沈んだ後の夕闇との境界のような、ほんの僅かの景色が印象深い。日中に起きるどんな出来事も、プロヴァンスの太陽が地平線の彼方に連れ去っていく。残されたのは紫色の地平線とラベンダーの香りだけ。この景色の前ではどんな争いもなくなりそうだ。

 

そういえば、紫色がもたらす心理的な効果というのも面白い。色彩心理学でも「不思議さを感じる様子から、ミステリアスなイメージを感じる場合が多い。また、 疲労回復や興奮を落ち着ける効果の他、感性を刺激する。」とある。

香りだけではなく、紫色という視覚効果にも「癒し」のパワーが備わっているらしい。太陽が沈んだ瞬間わずか2〜3分、世界が紫色になるのだ。世界中の人がこの景色を見れば世界はもっと癒されるに違いない…ラベンダー畑に行かれる際は、この日暮れの瞬間を見てほしい。あなたがラベンダーをそこまで好きでなかったとしても、思わず叫びたくなるような景色だと思う。

まさに人生を変える絶景だった。
一期一会の出会いに、ありがとう。

ブルーダルジャン農園の収穫第1弾 - メゼル村

さて、交雑種ラバンジンの季節が終わり、真正ラベンダーの季節へと移っていく。真正ラベンダーとは標高800m以上のプロヴァンス地方の山岳地帯などで栽培されている原種である。フランス政府が保護する野生ラベンダーや在来種のラベンダーもこの種に含まれる。ブルーダルジャンではこの真正ラベンダーのみを栽培している。

標高が高く気温も低いため開花時期は2〜3週間ほど遅れるのが特徴で7月中旬以降が見頃となる。ブルーダルジャン農園では800m地点のメゼル村と1400m地点のアルジャン村の2ヶ所にある。7月18日、メゼル村のラベンダーがついに収穫を迎えた…と思った。

「機械が壊れた!!」

早速この調子である。フランスらしい展開に思わず笑ってしまった。どうやら今年は異常に暑かったせいで収穫用の機械がオーバーヒートしてしまったらしい。機械を直すのに半日以上も使ってしまった。収穫もほとんど手付かずのまま、お昼からワインを飲みはじめる、まさに自由の国フランス。

「セ・ラ・ヴィ – これが人生だ!」

問題は解決しなくても、人生は楽しそうだ。

壊れた機械を見つめる。
アペロ(おつまみ)はサラミとメロン
ランチは野菜のサラダとポテトグラタン

お昼ご飯が終わってしばらくすると、エンジニアの友人が直しに来た。今度こそ収穫が始まった。

収穫は基本的に機械で刈り取って、刈り取れなかった部分だけ人間が刈り取っていく形。まるで日本の稲作とほとんど同じ作業だ。紫色か黄金色かの違いはあるものの、僕は日本でもフランスでも同じ光景を見ている気分になる。(日本の実家が米農家なので…)

さらに、ブルーダルジャン農園の独自のこだわりが「天日干し」だ。収穫後のラベンダーを草原に広げて、丸2日間乾燥させることで香りを凝縮させる。この天日干しは伝統的な製法であるにもかかわらず他の農園ではほとんど行なっていない、現在では珍しい作業のひとつだ。

ついに、ラベンダー栽培の最も幸福な瞬間が始まった。
7月中旬のレポートはこの辺でおしまい。次回は蒸留から8月のラベンダー祭りの様子です。

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