【フランス】南仏とプロヴァンスとコートダジュールの違いとは?

目次

Bonjour!皆様、どうもこんにちは。
ブルーダルジャン・ジャポンの金子です。

今回のテーマは原点回帰のひとつです。旅行好きにとって地理は切り離せないテーマです。最近では外出自粛のおかげで昔の写真を見返したり、Googleマップで旅行の妄想をしてみたり、そのうち地図を暗記しそうな気すら感じます。

そこで、今回はGoogleマップをフル活用させて頂き、私たちラベンダー農園ブルーダルジャンが位置する「プロヴァンス」という地域について解説してみることにします。

日本での呼称では、南仏(南フランス)と言ったり、プロヴァンスと言ったり、コートダジュールという名前も出てきたりします。どれも同じでは?と思う方もいるかもしれませんが、実は全て違う地名を表します。

南仏(南フランス)は北緯45°より南部の地域のこと!

フランスといえばパリ…というのは幻想で、実際にはそれ以外の地域でも面白い文化は多々あります。その面白い地域のひとつが「南フランス」ではないかと思います。

南フランスは最も大きい紫の枠の部分を指します。西のボルドー、東のヴァランスを結ぶ北緯45°線より南部の地域を「南フランス」と言います。

古くはこの地方をオクシタニアと呼び、オック語と言う古言語を話したことに由来します。9世紀ごろに成立して17世紀にフランス政権下に入るまでオック語が盛んに用いられたことからこう呼ばれました。

現在でも南フランスにはラングドック=ルシヨン地域圏とオック語は存在しており、その名残を見ることができます。

もう少し詳しく説明すると、オクシタニアは北緯45°で決められていたわけではありません。南フランスがこの緯度で考えられるようになったのは近世のこと。18世紀にフランス王国で法律が作られると、北部には慣習法、南部にはローマ法を優先させた成文法を用いました。当時は同じ国内でも北部と南部で違う法律を用いていたのです。

この法律の境界を北緯45°あたりにしていたことから、南フランスを北緯45°以南に考えるようになったと言う説が有力とされています。

大きな都市ではマルセイユ、トゥールーズ、ボルドーが南フランスにあたります。ただ、現地ではマルセイユは南東部(シュド・エスト)、トゥールーズやボルドーは南西部(シュド・ウエスト)と言われることが多いです。

プロヴァンス地方ってどこ?南フランスとは違う?

プロヴァンス地方の概要

正式名称:プロヴァンス=アルプ=コートダジュール地域圏
首府:マルセイユ
人口:5,030,890人(2017)

正式名称が長すぎるので、日本語では「プロヴァンス」だけが残ったのですね。なお、フランス語では「Provence-Alpes-Cote d’Azur」=「PACA – パカ」と省略します。

5つの県を含み、地中海とアルプス山脈の両方に接する唯一の地域です。そのため、風光明媚な観光地として知られており、パリに次いで観光客が多い地域です。アルプス山脈沿いではスキーリゾートが発展し、地中海沿岸でも夏のリゾート地として人気を集めました。

また、この地域にはアルルやオランジュなど古代ローマ時代を含め多くの遺跡が保存されており、中世に一時期存在したアヴィニョンのローマ教皇庁も貴重な観光資源となっています。さらには、7つ以上の自然公園や国立公園をもち、ジオパークとしての人気も非常に高い地域として知られています。特にアルプス山脈周辺の地殻変動が激しい地域では、ユニークな地層をもつ山々を望むことができます。

ヴェルドン自然公園は特に人気の自然公園となっていて、川下り、クライミング、パラグライダー、ハイキングやトレッキングなど様々なアクティビティを楽しむことができます。

私が体験した中でのオススメはパラグライダーです。広大な大地を前にして大空を舞う気持ちよさは、高所恐怖症の人を除けば、非常にユニークな体験のひとつだと思います。

コートダジュールは、弁護士が勝手につけた名前だった!

コートダジュールはイタリア国境の街マントンと西のトゥーロン(もしくはカシ)に及ぶ風光明媚な地中海沿岸の地域を示します。(上の地図の青い部分)

この地域がコートダジュールと呼ばれるようになったのは、意外と最近のことでした。1887年に弁護士で作家をしていたステファン・リエジャールが「ラ・コートダジュール」という本を出版したことが発端です。

ステファン・リエジェールはフランスのコート・ドール県出身。ブルゴーニュワインで有名な地域は18世紀に「黄金の丘 – コート・ドール」と名付けられました。そこで、カンヌに別荘を持っていた彼は地中海沿岸地域をコートダジュールという名前にすることに決め、前述の本を出版します。

生まれた場所がぶどうの熟した葉の「オール – 黄金」であるならば、地中海の色は「アズール – 碧」でした。これらの色は伝統的な紋章学の色に従ったものです。

たちまち評判となった「コートダジュール」の名前は一気に浸透して、1894年には辞書にも掲載されたと言われます。ここから読み取れるように、コートダジュールの名前は文学的名称に起源を持ち、行政的な名前ではありません。実際にこれらの地域の行政県はヴァール県とアルプ・マリティーム県に属しています。

南仏のオススメ都市その1. マルセイユ

【マルセイユの概要】

マルセイユは紀元前1世紀頃の古代ギリシャ時代に成立した都市で、フランス最大規模の港として発展しました。フランス南東部にあるプロヴァンス地方の首府でもあります。貿易港として発展した経緯から移民も多く、多種多様な人種が交わる国際都市としても知られています。

【マルセイユの観光】

マルセイユは商業都市として発展してきたので、観光地には乏しく初めてフランスに行く方にはオススメしません。しかし、南仏好きとあれば話は別です。アラブ街や漁師町などマルセイユは様々なエリアがあり、フランスの他の都市とは違った独特の風情があります。

そんな中でも一際輝いているのが丘の上のマリア像。元は13世紀に地中海交通のための目印として用いられたようですが、この地に今の大聖堂が建設されたのは1864年のこと。正式には「ノートルダム・ラ・ガルド」と言い、聖母マリアを祀る大聖堂です。海上交通を守る大聖堂というだけあって、船を模した装飾品やモザイク画が特徴的です。

南仏のオススメ都市その2. カルカソンヌ

【カルカソンヌの概要】

「カルカソンヌを見ずして死ぬな」という格言まで生まれたヨーロッパ最大の城塞都市。フランスではモン・サン・ミシェルに次いで第2位の観光客数を誇ります。

紀元前5世紀には古代ローマ帝国の都市として成立し、この頃には既に城塞都市だったと推測されています。17世紀にフランス王国に吸収されると、地位を喪失し19世紀まで忘れられた存在になります。

1850年頃に歴史家などの史跡調査を受けて、この遺産の重要性に気づくと、大規模な修復が行われました。1997年には世界遺産として登録され、現在では年間200万人の観光客を受け入れています。

【カルカソンヌの観光】

個人的に、この街は全てが見所と言っても過言ではありません。古代の城壁、中世に建築された大聖堂や礼拝堂、修復された門、城内の建物、その全てが歴史であり遺産です。

特に2重の城壁の美しさは必見です。こんな巨大な城壁に2500年の歴史があるとは到底信じられません。現存する城壁で最も古いもので3世紀頃のものだそう。また、城内だけでなく、城外からみる遠景のカルカソンヌも見ものです。夜にはライトアップされて古代の城塞都市が見事に浮かび上がります。

「Le Midi = ル・ミディ」は、南仏のこと!

フランス語で南フランスのことを表す場合、何といえば良いのでしょうか。実は、言い方が2つあって、「le sud = ル・シュド」もしくは「le midi = ル・ミディ」と言います。

微妙な違いですが、南仏全体を表す場合には「le midi」を使うことが多いです。また「プロヴァンス=アルプ=コートダジュール地域圏」が観光ブランドとして「Région Sud」という名称を使い始めていますので、「le sud」を使うとプロヴァンス地方と思う方が多いのではという印象です。

南仏は大きく南西部と南東部に分けられますので、無難に「le sud-ouest」や「le sud-est」を用いるのが良いかもしれません。

まとめ

南仏 = ボルドーやトゥールーズ、マルセイユやニースを含む。北緯45度以南の地域
プロヴァンス = 「プロヴァンス=アルプ=コートダジュール地域圏」
コートダジュール = 「マントンからトゥーロンまでの地中海沿岸地域」

いかがでしたでしょうか。特に南仏という表現は曖昧なので、現地でも人によって考え方が違ったりします。コートダジュールも元は文学的表現なので、特に範囲が定められているわけでもありません。

一つの地域の名称をかいつまんで見ても、これほどユニークな成り立ちがありました。特に南仏は大西洋側の南西部と地中海側の南東部で大きく文化が違います。南西部はバスクに代表されるようにスペイン文化の影響やボルドーのようにイギリス文化の影響を受けている地域があります。一方で、南東部では中世にはイタリア領だったこともありイタリア文化が色濃く残ります。

それぞれの良さを考えながら南フランスを旅してみるのも面白そうです。

上部へスクロール